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ガーディアン/森は泣いている

お菓子の家のない魔女の森
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◆◆◆
原題:The Guardian
製作年:1990年 アメリカ
監督:ウィリアム・フリードキン
脚本:スティーヴン・ヴォルク/ダン・グリーンバーグ/ウィリアム・フリードキン
原作:ダン・グリーンバーグ『ナニー』
製作:ジョー・ワイザン
製作総指揮:デヴィッド・サルヴェン
音楽:ジャック・ヒューズ
撮影:ジョン・A・アロンゾ
編集:セス・フローム
出演:ジェニー・シーグローヴ/ドワイヤー・ブラウン/キャリー・ローウェル/ブラッド・ホール/ミゲル・フェラー/ナタリア・ノグリッチ/パメラ・ブラル/ゲイリー・スワンソン/ジャック・デヴィッド・ウォーカー/ウィリー・パーソンズ


◆STORY
若い夫婦フィルとケイトは、ロサンゼルスに引っ越してきた。

広大な森に囲まれた静かな住宅地で新生活を始める二人。

やがて、そんな二人の間に赤ん坊が生まれる。

初めての出産に育児、慣れない環境、そして仕事と家庭の両立。

夫婦は赤ん坊のことを考え、住み込みのベビーシッターを雇うことにした。

紹介された数人の候補の中から夫婦が選んだのは、イギリス訛りのある若く美しい女性カミラ。

家事や育児について豊富な知識と経験を持つカミラに、夫婦は強い信頼をよせるようになる。


しかし、そんな彼女には恐ろしい秘密があった・・・・・。


◆REVIEW

この世界は霊魂(アニマ)で満ちている。


動物や植物のみならず、水や石などの無生物にも霊魂は宿っている。

そして、この世界で起こる全ての現象は、その霊魂の働きによって生み出されている。


このような、自然崇拝的世界観のことを「アニミズム」という。



「アニミズム」という言葉は、イギリスの人類学者で「文化人類学の父」と呼ばれるエドワード・バーネット・タイラーが、自身の著書『原始文化(Primitive Culture)』の中で原始宗教の特徴を示す言葉として用いたのが最初とされる。
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日本語では「精霊信仰」「地霊信仰」「汎霊説」とも呼ばれるが、日本文化の根底にはこの「アニミズム」的な世界観があり、それは今もなお根強く残っている。


日本古来の宗教である「神道」における「八百万の神」などは、まさにアニミズム的な発想だ。



アニミズムを信仰する代表的な民族としては、他にもアメリカ先住民「インディアン」やオーストラリア先住民「アボリジニ」などが挙げられる。
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1978年に公開されたウィリアム・ガードラー監督の遺作である『マニトウ』は、そんなアニミズム的世界観を取り入れたオカルト映画であった。
マニトウ


『マニトウ』は、1973年に大ヒットした歴史的名作『エクソシスト』の影響下で撮られた。

キリスト教的な一神教の世界観ではなく、多神教のアニミズムやシャーマニズムを素材とすることで、本家『エクソシスト』との差別化を図ろうとした作品である。




監督のウィリアム・ガードラーは、この作品を撮影した後、1978年1月21日にこの世を去る。

フィリピンで次回作のロケハン中、彼を乗せたヘリコプターが墜落したのだ。

享年30歳。
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『グリズリー』『アニマル大戦争』など、数々の名作を世に送り出したウィリアム・ガードラー監督。

そんな彼が最後に撮った作品は、『エクソシスト』のアニミズム版ともいえるものであった。







そして、それから10年以上の月日が流れた。


1990年。


『エクソシスト』の監督であるウィリアム・フリードキンは、この年に1本の映画を完成させる。

それは、『エクソシスト』以来17年ぶりとなる、フリードキンのオカルトホラー作品であった。




『ガーディアン/森は泣いている』
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この作品でフリードキンが描いたもの。

それは、「森の巨木に宿る精霊」がもたらす災いと恐怖の物語であった。



若い夫婦が引っ越してきた新居。

その側には広大な森が広がっている。

そして、その森の中心にそびえ立つ巨大な樹木には、生贄を欲する精霊が宿っていた。

やがて、巨木の精霊は「穢れなき血」を求めて若い夫婦に忍び寄る。





巨木の精霊といえば、日本では「御神木」という言葉が思い浮かぶだろう。

一般的に神社神道の神社・神宮の境内にある神体としての木や、その周りを囲む鎮守の森などを指す言葉だ。


「御神木を伐採したため祟りにあった」というような逸話は、日本全国に存在する。


これはまさに、アニミズム的な世界観なのだ。



「森の巨木に宿る精霊」


ウィリアム・フリードキンが『エクソシスト』から17年ぶりに手掛けたオカルトホラーは、奇しくも『マニトウ』と同じアニミズムの世界を描いていたのである。









物語の舞台は、ロサンゼルスの郊外。


そこに若い夫婦フィルケイトが引っ越してくる。


広大な森に囲まれた閑静な住宅地。

二人はそこで新生活をスタートさせた。



やがて、夫婦の間に赤ん坊が生まれる。

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幸せいっぱいの二人。

赤ん坊は男の子で、「ジェイク」と名付けられた。


こうして、家族はめでたく三人となる。
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しかし、引っ越してきたばかりの若い夫婦には、新生活に対する不安もあった。


初めての出産に育児、慣れない環境、そして仕事と家庭の両立。


二人は話し合いの結果、赤ん坊のために住み込みのベビーシッターを雇うことにする。




ケイトが電話帳でベビーシッターの派遣会社を検索してみると、イメージ通りの会社が見つかった。


サンタモニカにある派遣会社『ガーディアン・エンジェル』
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二人は早速、『ガーディアン・エンジェル』へベビーシッターの派遣を依頼する。




翌日から、ベビーシッター候補が面接のために次々と彼らの家を訪れた。



たくさんの候補の中で、夫婦が最も好印象を持ったのは、地元で体育教師になるための勉強をしているという女子学生アーリーン
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気さくで話しやすく、健康的な女性だった。

二人は、彼女にベビーシッターを依頼することに決める。



しかし、彼女はその後間もなく、謎の交通事故で命を落としてしまう。
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そこで夫婦は、二番目に好印象だった女性を雇うことにした。


それは、イギリス訛りのある若く美しい女性。


彼女は「カミラ」と名乗った。
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こうして、三人家族とカミラの共同生活が始まる。


家事や育児について豊富な知識と経験を持つカミラ。

夫婦は彼女の完璧な仕事ぶりに感服する。


「あなたが来てくれて、本当に良かった」


フィルもケイトも、カミラになら安心してジェイクを預けることができると思っていた。
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そんなある日のこと、カミラとジェイクが森の中で暴漢に襲われるという事件が発生する。




カミラがジェイクを連れて草むらでハイキングをしていると、突然茂みの向こうから三人組の男が現れる。

「こんなところで何してるんだ?」

男たちは、カミラとジェイクを取り囲んだ。
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「ここは女子供には危険だ場所だ。家まで送っていってやろうか?」

「結構です」

「いいじゃないか」


執拗に絡んでくる男たち。

男の一人は、カミラからバックを奪い取ると中身を物色しはじめる。



カミラは、そんな男たちを睨みつけながら言った。


「私に近づかないほうがいいわよ」
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その反抗的な態度に男たちは激怒。


「何だと、クソ女!調子に乗るんじゃねえぞ!!」


男の一人が、ナイフを取り出して彼女の前に振りかざした。


「俺の命令に従ってもらおうか・・・・」




カミラはジェイクを抱いたまま、一瞬の隙をついてその場から駆け出した。


彼女は猛スピードで森の中へと入っていく。

「おい!待ちやがれ!!」

三人の男たちはカミラの後を追いかけた。




「どこに行きやがった?」

「そっちから音がしたぞ!」

カミラを追って森の奥へと入っていく三人。

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気が付くと彼らは、異様な存在感を持つ巨大な樹木の前に立っていた。

「何だ、これは・・・・」


樹木のオーラに圧倒されていた三人は、その根元にカミラが隠れていることに気付くと我に返った。


「見つけたぞ!このアマ!!」

カミラは男たちの手によって樹木の根本から引きずり出される。



ナイフを持った男が、倒れたカミラにその刃を向けた。


刃が彼女の腹部を滑り、そこから血が噴き出した。







ぐうおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・



突然、森の中に轟音が響き渡る。


「何の音だ!?」


三人の男たちは音の鳴る方に目を向けると、そのまま凍りついた。



それは、目の前の巨大な樹木が「動く」音だったのだ。
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樹木は轟音を響かせながら、まるで意思を持っているかのように動き始めると、猛スピードで男たちに襲い掛かる。



次の瞬間、男たちは樹木の轟音をかき消すほどの叫び声を上げていた。





ぎやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・



森の中に飛び交う血しぶきと端末魔。



三人の男たちは、一瞬のうちにその巨大な樹木の餌食となった。



そして、カミラはジェイクを抱きながら、その様子を静かに見守っていた。


※これ以降はネタバレを含みますのでご注意ください。
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この映画の冒頭は、次のようなテロップから始まる。



ドルイド教の人々は、数千年前から木を崇拝してきた

人間を生贄として捧げることもあったという


彼らは全ての木に守護霊(Guardian spirit)が宿っていると信じた

多くが善良な霊とされたが

邪悪なものも存在する







「ドルイド教」

それは、古代ケルト人が信仰していた宗教である。


ドルイド(Druid)とは、ケルト人社会における祭司のことを指す。

彼ら祭司は、宗教的指導のほか、政治的指導や公私の争い事の調停など、ケルト社会にとって非常に重要な役割を果たしていたとされる。


古代ケルト人は、霊魂の不滅を信じ、主神を中心にして系統づけられた動植物や天空の自然神を崇拝していた。

自然の中でも、特に森や樹木に対しての信仰心が強かったらしい。



古代ケルト人の「ドルイド教」を扱った映画として有名なものは、1973年のイギリス映画『ウィッカーマン』である。
この作品は、2006年にニコラス・ケイジ主演でリメイクされた。
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また、「ドルイド教」という名前が登場する映画としては、1971年のアメリカ映画『血まみれ農夫の侵略』なども挙げられる。
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古代ケルト人の風習と言われると、日本人の私たちには全く縁がなく、神秘的で非日常的なもののように感じられる。


しかし、実は私たちは知らないうちに、この古代ケルト人たちが行っていたと言われる、ある特殊な風習を現在まで受け継いでいる。



それは、10月31日の「ハロウィン」だ。




古代ケルト人は、11月1日を一年の始まりとしていた。

そして、1年の終わりの日である10月31日には、死者の霊が現世に蘇り、生前の家族に会いに来ると信じられていた。

また、この日はケルト人にとって「秋の終わり」という意味もある。


彼らは、一年の終わりと秋の終わりである10月31日を、「収穫祭」として祝ったのだ。



やがて、このようなケルト人の自然崇拝的宗教は、キリスト教文化に呑み込まれていった。


キリスト教は、ケルト人の「収穫祭」を取り入れるため、11月1日を「諸聖人の日(万聖節)」と定めた。


そして、その前夜祭として10月31日を「All Hallows Even(諸聖人の日の前夜)」と呼び、この日を祝うようになったのだ。


これが「Halloween」の由来である。
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自然崇拝的価値観を持っていた「ドルイド教」の風習である「ハロウィン」は、本質的には私たち日本人の気質にあうものなのかもしれない。
(しかし、奇しくも現在の日本で流行する「ハロウィン」は、アニメから派生した「コスプレ」文化と強く融合してしまった)



このように、形を変えながらも現代にまで受け継がれている「ドルイド教」。


ウィリアム・フリードキンが『ガーディアン』で取り扱ったのは、まさにこれである。



古代ケルト人が崇拝していた木の精霊。

その精霊は、善いものばかりではなく、邪悪なものも存在する。



カミラは、この「邪悪な木の精霊」なのだ。

彼女は遥か昔に古代ケルト人が信じていたとおり、現代でもなお生贄を欲している。

しかし、彼女に生贄を捧げるものはもういない。

そこで、彼女はベビーシッターに化けて、「穢れなき血」を持つ赤ん坊をさらうのである。
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しかし、そのようなアニミズム的世界を描いているにもかかわらず、この作品には原始的・土着的な雰囲気は感じられない。

宗教的な要素も非常に薄いのだ。





その理由は、作品のコンセプトの中にある。


フリードキンは「邪悪な木の精霊」というイメージを、原始的宗教とは別の場所から引用しているのだ。



フリードキンが求めたイメージの源泉。


それは「おとぎ話」の世界である。




「この物語の奥には神話がある。
ショッキングなイメージを含んだ童話が読み継がれるのは、大人になっても忘れ得ない原始的な恐怖があるからだ」




フリードキンはそう語り、この映画のメガフォンを取ったという。


そして、作品の中には小道具として『ヘンゼルとグレーテル』の飛び出す絵本が繰り返し登場する。
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「邪悪な木の精霊」であるカミラのイメージ。

それは、原始的宗教において崇拝されていた霊魂(アニマ)ではなく、グリム童話に登場する「魔女」なのだ。
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そして、実はこの作品の最大の「問題点」がここにある。




『エクソシスト』以来、17年ぶりにフリードキンが手掛けたオカルトホラー映画。


こうした宣伝で注目を集め、鳴り物入りで公開された『ガーディアン』。


しかし、この作品は公開するやいなや、すぐさま猛烈な酷評の嵐にさらされることとなる。



フリードキンの『ガーディアン』は、失敗作とされたのだ。
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いったいなぜだろうか。



私は、フリードキンがこだわった「おとぎ話」的な世界観と、彼のスマートな演出との異常な食い合わせの悪さこそが、この作品が失敗作と評された原因だと思っている。




おとぎ話の森の悪い魔女であるカミラ。

彼女は妖艶で美しく、森の獣たちを従えたあげくに空まで飛ぶ。


彼女が宿っているらしい巨大な樹木は、まるで触手のように枝をしならせて人の首を締めあげたかと思えば、大きな口を開けて人を呑み込んだりもする。


物語の根幹は、完全に「ダークファンタジー」の世界なのだ。
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「ファンタジー」の世界を創るためには、作品内の「リアリティライン」をある程度下げる必要がある。


魔女が空を飛んでも、樹木が人を呑み込んでも、「滑稽」に見えない程度のリアリティラインで、映画内の世界を創らなければならないのだ。


しかし、フリードキンの演出が上手すぎるためなのか、『ガーディアン』の作品世界におけるリアリティラインは、まったくといっていいほど下がっていない。


そのうえ、彼がこだわっている「おとぎ話」的な演出は、まさに「グリム童話」を彷彿とさせるほどの完成度で見事にこなしている。


したがって、結果的にはその「おとぎ話」的な演出の部分が、上手くいけばいくほど「滑稽」に見えてしまうのだ。




フリードキンが、この作品をリアル路線で描こうとしていたとは、とても思えない。


それは、映画のクライマックスに登場するカミラの変身した姿を見ても明らかだろう。
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このデザインは、とてもリアリティを追求したものとは考えずらい。

そこにはやはり、寓話的な手心が加えられている。



しかし、この寓話的な手心が、映画内のリアルな世界観によって、とても「滑稽」な、あるいはチープな演出のように感じられ、変に浮かび上がってしまう。



リアルとファンタジーのアンバランス。


これこそ、『ガーディアン』が失敗作と評される由縁だと、私は思う。





実は、この『ガーディアン』という作品は、当初サム・ライミが監督をする予定だったらしい。


確かに、サム・ライミ監督なら、この物語を違和感なく語ることができたようにも思える。






一級建築士であるウィリアム・フリードキンにとって、「お菓子の家」を建てることは逆に難しい仕事だったのかもしれない。

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【関連記事】 ぜひ覗いてみてください!

◆古代ケルト人の収穫祭
こちら⇒ 『ハロウィンⅢ』





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